「年のせいかな」と思っていた変化が、動物病院で認知機能不全症候群(CDS)——いわゆる犬や猫の認知症——と診断される。 大切な家族のことだけに、ショックを受けたり、これからどうすればいいのか途方に暮れてしまう方も少なくありません。
まず知っておいていただきたいのは、CDSは「治す」病気ではないけれど、暮らしの工夫と早めのケアで、進行をゆるやかにしたり、毎日を穏やかにしたりできるということです。 この記事では、獣医行動学の研究でわかってきたことをもとに、ご家庭でできる支え方を4つに整理してお伝えします。
この記事は、認知症と診断された後のご家庭でのケアを中心にしています。 「夜鳴きが始まったけれど認知症かどうかわからない」という段階の方は、まず 「夜鳴きが止まらない…認知症かもと思ったら最初に見るべき3つのポイント」 をご覧ください。痛みや感覚の衰えなど、認知症以外の原因を見分けることが先決です。
そもそも、どれくらいの子に起こるの?
認知機能の低下は、決して珍しいことではありません。海外の調査では、11〜12歳の犬の約3割、15〜16歳では約7割が、 何らかの認知機能の低下の徴候を示すと報告されています研究報告あり。猫でも同じように、高齢になるほど割合が増えていきます。
一方で、こうした変化は進み方がとてもゆるやかなため、ご家族も「ただの老化」と受け止めてしまいがちです。 ある調査では、質問票では認知症の可能性が示唆された子のうち、実際に動物病院で診断がついていたのはごく一部だったという結果も報告されています研究報告あり。 だからこそ、「あれ?」と思ったら早めに相談することが、その子の穏やかな時間を長くすることにつながります。
おうちでできる4つの支え方
獣医行動学では、CDSへの対応を大きく「①環境を整える ②食事で支える ③頭と体を使う ④つらい症状は獣医師と」の柱で考えます。 ひとつずつ見ていきましょう。
① 環境を整える——「困らない部屋」をつくる
認知症が進むと、見当識(自分がどこにいるかの感覚)が弱くなり、部屋の隅にはまり込んで出られなくなったり、 同じ場所をぐるぐる回ったりすることがあります。そこで、環境の側を「困らない」形に整えてあげるのが第一歩です。
- 床を滑りにくくする——足腰の弱った子が転びにくくなり、立ち上がりも楽になります。
- 大きな模様替えを避ける——視力が落ちても、慣れた家具の配置と匂いを頼りに暮らせます。家具の位置はできるだけ変えないのがおすすめです。
- ぶつかると危ない場所を囲う・やわらげる——階段や段差、家具の角などは、低い柵やクッション材でガードします。旋回してしまう子には、丸く囲ってあげると角にぶつからずにすみます。
- トイレへの動線をわかりやすく——トイレまでの道を作ってあげたり、こまめに誘導したりすると、粗相が減ります。
そして何より大切なのが、粗相や失敗を叱らないこと。わざとやっているわけではなく、罰は不安を強めて症状を悪化させてしまうことが知られています行動学の基本。
② 食事で支える——「脳にやさしい栄養」を意識する
認知機能の低下には、脳の細胞が酸化ストレスによってダメージを受けることが深く関わっていると考えられています。 そのため、それを和らげる栄養が注目されています。
- 抗酸化成分(ビタミンEなど)
- DHA・EPA(青魚などに含まれる脂肪酸)
- 中鎖脂肪酸(MCT)——脳のエネルギー源として働くと考えられています
実際に、抗酸化成分を多く含む食事を与えられていた犬は、そうでない犬より認知症の発症が少なかったという研究報告もあります研究報告あり。 こうした栄養素を配合したシニア向けの療法食やサプリメントも市販されています。
ただし、「良さそうだから」と自己判断でサプリメントを足すのは避けてください。 たとえば人やサプリによく使われる成分の中には、猫には有害なものもあります。 持病や飲んでいるお薬との相性もあるため、食事やサプリの見直しは必ずかかりつけの獣医師に相談してから行いましょう。
③ 頭と体を使う——「楽しい刺激」を続ける
脳は、使うことで刺激を受けます。研究でも、適度な運動や新しい刺激のある暮らし(環境エンリッチメント)が、認知機能の低下をゆるやかにするのに役立つと考えられています研究報告あり。 大切なのは、その子が「楽しい」と感じられる範囲で続けることです。
- ノーズワーク——おやつを部屋や箱に隠して鼻で探してもらう遊び。足腰が弱っても、嗅覚は最後まで残りやすいので、認知症が始まった子でも楽しめます。
- 知育トイ・かんたんなトレーニング——「おすわり」など昔覚えたことを一緒におさらいするだけでも、良い刺激になります。
- その子に合った散歩・運動——無理のない範囲で。日光を浴びることは、乱れがちな体内時計を整える助けにもなります。
- マッサージ・スキンシップ——体をやさしくなでることは、安心につながり、ご家族との大切な時間にもなります。
④ つらい症状は、がまんせず獣医師と
夜鳴きや強い不安、昼夜の逆転などがひどく、ご家族の生活まで立ちゆかなくなってしまう——CDSでは、そんな状況も起こりえます。 こうした症状には、お薬で楽にしてあげられる選択肢もあります。睡眠を助けるものや、不安をやわらげるものなど、その子の状態に合わせて獣医師が検討します。
ここで一番お伝えしたいのは、「まだ大丈夫」とがんばりすぎないでほしいということです。 症状がとても重くなってから相談されると、打てる手が限られてしまいます。反対に、早い段階から少しずつ手を打っていくと、その子もご家族も、ずっと穏やかに過ごせることが多いのです。 夜眠れない日が続いてつらいと感じたら、それはもう十分に相談してよいサインです。
この記事の参考にした主な情報
- 入交眞巳先生 講座「高齢性認知機能不全症候群(CDS)」(獣医行動学)
- 犬・猫の年齢別の有病率に関する疫学調査(Neilson ら 2001/Gunn-Moore ら 2007 ほか)
- 認知症の見逃し(過小診断)に関する調査(Salvin ら 2010)
- 酸化ストレスと脳の加齢に関する総説(Head ら 2008)、食事とリスクの研究(Katina ら 2016)
- 環境エンリッチメントと犬の認知加齢に関する総説(Chapagain ら 2018)
※記載の内容は、獣医療の進歩により今後アップデートされる可能性があります。